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金融界にとって特許は戦略的インフラである
特許を活用し、金融技術を測り、高める努力を

奥山内外国特許事務所(2003年6月1日より理創国際特許事務所に名称変更)
所長・弁理士 奥山尚一

※週刊誌「金融財政事情」の2000年ゴールデンウィーク号のための原稿に若干手を入れたものである。

規制緩和等により、かつての業界秩序が崩壊し、自由な競争が行われつつあるなかで、特許の重要性はますます高まっていくであろう。特許は企業の投資を保護するものであり、企業の技術開発を活性化させるインフラであるからである。金融界も他の産業と同様に、特許を戦略的なインフラとして見直すべきであろう。

なぜビジネスモデル特許か

 昨今、喧しく取り上げられてはいるものの、いわゆるビジネスモデル特許に定義はない。特許庁は「ビジネス関連特許」などと呼んでいる。大雑把にとらえれば、商売のやり方に関する特許ということであろう。ビジネスモデルと一般的にいえば、たとえば、無線という技術を前提にして、テレビ番組を無料で流して視聴者からではなく広告により収益を得るといった、儲けを生み出す仕組みが考えられる。しかし、いま話題になっている特許についていえば、もっと広くとらえられている。金融取引を行うための方法やシステム、商品やサービスの提供に関する方法やその改良、オークションのような販売者と購入者の間を仲介する方法やシステム、宣伝広告の方法などが含まれている。言い換えれば、ビジネスモデル特許とは、以前から特許の対象として一般的に考えられていたもの以外の方法やシステムであって、最近になって特許保護が得られるものとして認識されるようになったものと定義することもできよう。
ここで、特許制度の基本を二つの観点から確認しておきたい。
第一に、特許制度は製造業における重要なインフラである。特許制度は、秘密にされがちな新たな工夫や改良を広く開示する代償としてある一定期間の独占権を発明者に与えるものである。ある製品について興味のある人は他人の工夫を知ることができ、そのような工夫を越えるさらなる改良を生み出すことができる。そのように知識を広める代償として、特許権という独占権が期間を限定して発明者に付与されるのである。
現在、年間40万件以上の特許出願がなされており、企業特許部の最大の団体である知的財産協会のメンバーは、七百数十社にのぼっている。特許制度を巡って巨額の費用が毎年費やされているのである。独占を許す特許は必要悪であるとする見解も以前にはあったが、特許制度の有効性に疑問を呈する見方は現在ではほとんど存在しない。それは、規制が緩和され、いわゆる業界秩序が緩み企業間の競争が激化するにつれて、投資をバックアップするものとして、特許の重要性が高まっているからである。
そして、独占の弊害がある、あるいは自由な生産活動を阻害するという見方よりは、特許出願をする、侵害、非侵害を主張しあう、ライセンスや、クロスライセンスを行うといった特許に関連した活動により、企業の技術開発の活動が刺激されて活性化されていると考えるほうが自然であろう。医薬のような巨大な投資を必要とする分野においては、特許制度なしには、現在の業態は存在し得ないといっても過言ではない。特許制度は製造業においてはなくてはならないインフラになっている。

特許庁が方針を明確化

第二に、特許制度は、新しく、何らかの技術的進歩をもたらすアイデアを独占的な権利により保護するという点である。すでに一般に公開されてしまったもの、古くからあるものをつぎはぎしただけのものなどは特許の保護対象にならない。
ところが、特許法の定義によれば、特許の対象となる発明は技術的であり自然法則を利用していることが求められている。このため従来、人間の精神活動に関するもので自然法則を利用していないと考えられるゲームや、暗号、金融取引方法などは、革新的なものであっても保護の対象にはならないものとされてきた。また、コンピュータのソフトウェアも、著作権保護の対象にはなるが、特許の対象として最初から認識されていたものではない。ましてや、「儲けを生み出す仕組み」が特許により保護されるということは予定されていなかった。
だが、このような特許制度の枠組みの見直しを求める声が高まった。電気製品や製造工程においてコンピュータが多用されるようになると、そのソフトウェアも特許保護の対象にしようとする努力が産業界から自然発生的に起きてきたのである。パソコンはいうにおよばず、ありとあらゆる家電製品が、一個のチップに収まるほど小型化されたコンピュータ(ほんの十数年前まではメインフレームと呼ばれたような能力を持つものもある)によって制御されている。
そうした現実に応える形で、特許庁もソフトウェア自体ではないがソフトウェアに用いられているアイデアを特許保護の対象として徐々に認めるようになってきている。この動きは日本だけでなく世界各国の特許庁において現在も続いている。このような世界的な動きのなかで、97年に特許庁は、ソフトウェア関連発明の出願を審査する際の基準を発表した。これは現状を追認するものであったともいえるが、どういう発明が特許されるかを明らかにしたことにより、これまでの疑問が解消されて、ソフトウェア関連の出願がはるかにやりやすくなった。これにより、「ハードウェア資源」と呼ぶコンピュータやネットワーク機器を利用するものであれば、一般的に「方法」も特許の対象になるという特許庁の見解が明らかになった。ソフトウェアをある方法を実行するものととらえて、それがコンピュータを利用するものであると明らかにすれば、特許できるとしたのである。
ここ数年のことにすぎないが、商取引やそれに関連した広告等の活動がインターネット上でなされるようになった。こうしたコンピュータを使って初めて可能になるようなビジネスの方法は、前記の審査基準と照らし合わせると、特許の対象になる。この点に気がついていた電機会社などは、すでに数年前からコンピュータネットワーク上で動く方法やシステムの特許出願を積極的に行っている。

アメリカの判例がトリガーに

 こうした企業の動きを、もともと特許にあまり関心のない人々にも気づかせたのが、アメリカのステート・ストリート・バンク事件とアマゾン・ドット・コム事件である。
ステート・ストリート・バンク事件では、シグニチャー・ファイナンシャル・グループが所有していたハブ・アンド・スポークの考え方を利用した投資信託の管理法に関する米国特許に対して、ステート・ストリート・バンクが異議を申し立て、特許されるべきではなかったと裁判所に訴え出たものである。アメリカの連邦地裁は、特許保護の対象外であると判断したが、連邦高等裁判所(ワシントンDCにある連邦巡回控訴裁判所)は98年7月、この連邦地裁の判断を覆して、このような発明も特許の対象となると、米国特許庁の判断を支持した。この判決において、特許の対象を広く認める判断が明確に示されたことにより、ビジネスの方法に関する特許の有効性が一気に明らかになった。
さらに、アマゾン・ドット・コム事件においては、アメリカ最大の書店チェーンであるバーンズ・アンド・ノーブルのインターネット通販子会社に対して、インターネット通販専門のスタートアップであるアマゾンがそのいわゆるワンクリック特許(ユーザの氏名、住所やクレジットカード番号を予め登録しておいて、一回クリックするだけである本の注文が完了するようにする方法の特許)をもとに差止めの仮処分請求を行い、裁判所がそれを認めたものである。特許がおりたのは99年9月、裁判所に訴えたのが10月、仮処分命令が出たのが12月という素早い展開になったこともあって、メディアの注目を集めた。
これらの事件の前には、アメリカの弁護士の間でも、ビジネス方法に関する特許はあまり有効な権利ではない、あるいは保護の範囲は狭いと否定的な見方をする者が多かったが、そのような疑念はこれらの事件とそれに続くいくつかの判決により一気に晴らされることとなった。

投資には特許による保護が必要

 特許制度にはあまり関係ないと考えていた企業の方々は、この二つの訴訟事件に驚かされたに違いない。しかし、筆者は、これは必然であって、今後どのような政策的な動きがあるとしても、ビジネスの方法に関する特許というのは定着すると考えている。それは金融界や、IT産業関連の新たな企業自体が、特許制度を必要としているからである。
先に触れたように、企業が投資をする場合、その投資を保護するものが必要である。もちろん特許出願をすれば、直ちに投資が保護されるというものではないが、マーケットシェア、ブランドの浸透度、サービスの質など多くの要素がビジネスの成功に関与する。そのような要素の一つとして、特許は重要である。
「金融工学」という言葉が使われるようになって久しいが、より広い意味で考えれば、コンピュータシステムをうまく活用して、よりよいサービスを提供して行くことは、いずれの産業においても絶対に必要なことである。既存の業界秩序が崩壊し、自由競争が台頭しつつある現状ではなおさらである。
とはいえ、開発にはそれなりの努力が必要である。試行錯誤をして、ある方法を完成させ、それを実行するソフトを開発し、実際に運用するには、どれほどのコストが必要になるであろうか。それをそっくり他社にまねされたのでは、むしろ開発の意欲がそがれるといったほうがよいであろう。
最近、住友銀行が多人数からの振り込みを確認するために、仮想の異なる口座番号を各顧客に割り振って、その口座番号に入金させることにより、誰からの入金かを確認する方法について特許を取得することが新聞記事となって話題を集めた(特許第3029421号)。ご丁寧にも新聞記事には、住友銀行は特許に抵触した他行に対してライセンス料を求めて行くつもりであるとあった。これは他行の担当者の神経を逆なでしたかもしれない。しかし、重要な発明をタイムリーに特許出願をした住友銀行の力は賞賛されるべきである。そして、費用を掛けて研究開発し、特許を取得したとすれば、たとえば自らの事業を守るあるいはライセンス料をとるといったように、何らかの形で取得した特許を利用することは当然過ぎることである。
しかも、似たような内容の特許は、システムベンダーはすでに盛んに出願しており、特許を取得している。これらの特許のヒントの供給源は、顧客である金融機関ではないのだろうか。
やはり、これからは、特許という視点を一つの軸にして、自社の金融手法における技術を客観的に測って、それを磨いて行く必要があるのではなかろうか。

ビジネスモデル特許は悪か

  もちろん、ビジネスの方法に特許を付与することに反対する意見もある。バーンズ・アンド・ノーブル社の子会社に対する仮処分命令を勝ち取ったアマゾン・ドット・コムは、インターネットの世界は自由でボランティア的な努力によって構築されるべきものであると考える人々から相当強力なボイコットを受けてしまった。その非難に屈してか、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾスは、今年3月、インターネットのように進歩の早い世界におけるビジネス方法特許の特許期間は短くするべきであると、的はずれの提言をして失笑を買っている。進歩が早ければ古い技術はすぐに新しい技術に取って代わられるので、現在出願から20年である特許期間の満了を待たずとも数年後には、特許された技術は意味がないものになっているはずである。
ジェフ・ベゾスのような先駆者は、むしろ起業の初期に自らが特許出願の努力を併せて行っていた先見の明をほめられるべきであろう。新興の企業にとっては、大企業がその体力にものをいわせて、せっかく作り上げた市場に乗り込んでくることほど恐ろしいことはない。それに対抗する手段として特許は有効である。
そのほか、はっきりした根拠も提示せずに、旧来あまり特許保護の範疇にはいると考えられていなかったビジネス方法の特許の弊害には注意すべきであるといった意見が多く見られる。もちろん、先行する特許出願が少なく、発明が新しいものであることを調べるための資料が整備されていないこともあり、この分野の特許の審査は困難である。このため、十分な調査ができずに、特許が付与されてしまうおそれはある。しかし、このような問題は何も新しいものではなく、それに対応するための仕組みは、今の特許法にもちろん組み込まれている。
このような漠然とした意見は、他人の特許により自分の事業ができなくなるのはかなわないといった、これも漠とした不安に基づいている。こうした不安が特許性悪説につながるのであろう。しかし、これはある意味では特許による独占権の強さをかいかぶっているのかもしれない。
発明というのは、すでに年間40万件弱もの特許出願がなされ、しかもその件数は増えているように、無数に出てくるものである。また、一つ二つの特許をとったから、ある業態を独占できるといったものではない。特許制度がインフラとなっている製造業において多くの会社が次々に興され、技術開発が盛んに行われている現実を見る限り、ひとたび特許の意義が認識され、人々がそれにうまく対応すれば、特許制度は、金融業界においても一定の位置を占めていくことになると考えざるを得ないし、それを政策的に制限するというのはおかしいことが分かる。

日米の製造業にキャッチアップせよ

 アメリカの金融関係の企業や日米の製造業の企業は既に、ビジネス方法の特許取得に走り出している。1999年夏頃の報道によると、ソニーは、300名ほどいる知的財産関係担当の社員の1割をビジネス方法の特許の専従にした。また、別の報道(2000年4月15日)によると、NECは数億円の特別予算を計上して、ビジネスモデルの特許出願を年間500件から1000件行うという。また、特許の対象分野を技術部門のみならず、営業や各事業部門にも広げていくようだ。
規制が緩和された世界では、技術力を含めたいろいろな力が試される。金融業界においても、サービスの質と多様性を高めるうえで特許を戦略的に考えることが求められていることは間違いない。

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